近年、「プラネタリーヘルス(Planetary Health)」という、地球の健康と人間の健康が相互に関係しているという概念が浸透してきています。その文脈の中で、地球環境だけでなく人の健康のためにも、生物多様性が重要であると謳われるようになってきました。
生物多様性は、人の健康にどのように影響するのでしょうか。
生物多様性が人の健康に与える良い影響
2024年に発表された、生物多様性と人間の健康に関してまとめられた論文では、下の図のような経路が想定されています。そのうちの一部をご紹介します。
微生物・マイクロバイオーム
環境中の多様な微生物叢への曝露が減ることにより、人の免疫反応の乱れにつながり、炎症性疾患を引き起こすというエビデンスが出てきています。例えば生物多様性の喪失は、COVID-19の感染率にも関連しているとされています。
ストレスや不安の軽減、自然とのつながり
自然との関わりは、ストレスや不安を軽減する可能性があります。
実際に緑地の鳥類の生物多様性は、人のポジティブな感情と関連することがわかっており、また自然とのつながりは高い幸福度と関連しています。
環境の負荷の軽減
室内植物は、屋内のホルムアルデヒドやベンゼンといった汚染物質の空気レベルを下げることがわかっています。また水質に関しては、マングローブがある地域は、マングローブがない地域よりも有機塩素系農薬の量が少ない傾向があるとする研究も発表されています。
他にも、身近に豊かな自然があることにより、身体活動や社会的なつながりが増えることがわかっていますが、自然の有無ではなく、直接的に生物多様性との関係を調べた研究はまだほとんどなく、今後の研究が期待されています。
健康への不利益
実は、生物多様性が人の健康に悪影響を及ぼす可能性も指摘されています。主な例として、危険な野生生物、人獣共通感染症、アレルゲンが挙げられています。
危険な野生生物
危害が加わるようなヘビやクモ、大型動物は当然健康に損失を与えます。また植物においては基本的に無害もしくは有益なものが多いですが、中には胞子や花粉などが一部大気汚染に加担してしまうものがあることが知られています。
ポプラ、ソフォラ、ヤナギといったものが揮発性有機化合物の排出性の高い樹として挙げられるようですが、これらは都市部に広く植えられており、都市のヒートアイランド現象を悪化させてしまう可能性も指摘されています。
人獣共通感染症
エボラ出血熱、SARS、マラリア、ジカウイルス、デング熱、リーシュマニア症、ライム病などの疾患はすべて野生動物に由来しています。生物多様性が増えると、これらの人獣共通感染症が増えるかどうかは議論が分かれており、生物多様性が高いほど媒介動物の感染率が低いと仮定する希釈仮説と、生物多様性が高いほど媒介生物の感染率が高くなると仮定する増幅仮説があります。結論はまだ出ていません。
アレルゲン
いわゆる花粉症です。苦しんでいる人も多いでしょう。特に都市部では、アレルギーを増やしてしまうことのないよう、どのような植物を植えるべきか十分に検討することが求められています。
土壌の生物多様性
Natureの姉妹誌に掲載された土壌の生物多様性についての論文でも、上記と同様のメリットとデメリットが挙げられています。非都市だけでなく都市部においても、人の健康を向上させるために土壌の生物多様性を有効に活用することが求められています。
まとめ:気候変動との関連
プラネタリーヘルスの概念において、生物多様性以上によく取り上げられているのが、気候変動です。
この生物多様性と気候変動の問題点として、生物多様性の減少という自然危機と、気候変動という気候危機を別々の課題として取り上げている世界の現状があり、医学雑誌LANCETはそれに対し問題提起をしています。
干ばつ、山火事、洪水といった地球温暖化の影響により、植物が破壊され、土壌浸食が起こることで生物多様性の喪失につながる一方で、自然の回復力は、森林を再生させることで気候変動の進行を抑える可能性があります。気候と生物多様性を同じ問題の一部として考えることによってしか、有効な解決には至らないと、記事で綴られています。
医療の専門家は、生物多様性の回復と気候変動への取り組みの両方において、健康増進のための力強い支持者になることが期待されています。