サウジアラビアからヨルダンへの陸路国境越え+情報まとめ【アラブ・紅海陸路越境旅2025】vol.5

旅の記録

サウジアラビアからヨルダンに陸路で入るには、いくつかのルートがある。
公共交通では、タブークやジェッダからアンマン行きの直通バスがあるという噂も耳にしたが、少なくとも現状では確認できなかった。そのため実際には、タブークから紅海沿いの町ハクルへバスで向かい、そこからタクシーまたはヒッチハイクでヨルダンのアカバへ渡る方法が一般的だ。

サウジアラビア北西部のバス路線図 タブークから先はハクル行きしかない。

もう一つ、開発が進む未来都市NEOMからはアカバ行きの直通バスがあるが、週1回・土曜日のみの運行。したがって現実的には、タブークからハクル行きのバスに乗り、そこからタクシーに乗り換えるのが最も安くて無難な方法となる。この国境は徒歩での通行ができず、必ず車両に乗って渡らなければならない。

タブーク(Tabuk)、NEOM、Haql(ハクル)、Aqaba(アカバ)の地図
ヨルダンとサウジアラビア間の国際バスを運行するヨルダンのJETT busの時刻表。アンマン→タブークのバスは毎週出ているので、その帰りの便もあるはずだが見当たらない。

しかし、タブークからハクルへのバスは1日1本だけ。到着は夜の19時頃で、そこからさらにタクシーでアカバへ行くと到着が深夜になってしまう。そこで今回は、思い切ってタブークからアカバまでタクシーで直行することにした。

タブーク-ハクルのバス時刻表

宿をチェックアウトし、国境越えタクシーを探すためにタブークのバスターミナルへ向かう。

「ハクル、アカバに行きたい」と告げると、待ち構えていたドライバーたちが一斉に集まってきた。口々に「1000リアル!」「800!」「600!」と値を叫び、たちまち取り囲まれる。皆白いトーブ姿の中、ひとりTシャツに短パンの青年が英語で割って入ってきた。
「アカバまで1台500リアル(約2万円)でいい。行こう」

タブークのバスターミナル

国境を越えるタクシーを半日独占して1人1万円なら破格だ。しかも英語を話せる唯一のドライバーだったため、彼に決めた。集団を抜けると、他のドライバーたちが声を荒げて怒鳴り合い、喧嘩になっていた。客を横取りされた不満からだろう。彼は怯むことなく言い返していたが、狭いコミュニティでこの先やっていけるのかと、少し心配になるほどだった。

彼の名前はアブドゥッラー。NEOM近郊の砂漠にも家を持ち、タブークと二拠点で生活しているという。出発してすぐに立ち寄ったガソリンスタンドでは、マンゴージュースとお菓子を買って手渡してくれた。気遣いのできる、優しい青年だ。ちなみにガソリンは1Lあたりわずか80円ほど。産油国ならではの価格だった。

「さっきの連中はぼったくりだ。言い値はハクルまでの料金で、アカバに行くなら途中で追加料金を請求される。国境を行き来できる車に乗り換えないといけないからな。俺は500リアルで行くと言ったから、最後までそれで行ってあげるよ。」

そう丁寧に説明してくれる彼に、自然と信頼感が増した。そういえば以前、サウジの住民から「アラビア語が話せないと外国人は舐められる」と言われたことがあった。英語で誠実に対応してくれる彼は貴重な存在だった。

途中、彼は恋人に電話をかけ、「今、日本人を乗せているんだ」と楽しそうに話していた。電話口の彼女は僕らとも話したがって、簡単な会話を交わす。彼にとっても日本人を乗せるのは初めてだったらしい。

「アカバに急いでるか? もし時間があるなら、俺の砂漠の家に寄っていかないか。周辺のお気に入りのスポットも案内するよ」

タブークからアカバまでは直線距離で3時間程度。夕方に着けば十分だったので、その誘いを受けることにした。異国での思いがけない寄り道は、旅の醍醐味でもある。

タブークから紅海へ向かう道は、延々と砂漠が続いていた。都市を離れるにつれて砂の色は赤みを帯び、ベドウィンのテントやラクダを目にすることも増えていく。
「この辺りにはベドウィンが多く暮らしているよ。おそらく2万人くらいかな。ただし完全に遊牧で生活する人は少なくなっていて、都市に拠点を持ちながら、気ままにテント生活を行き来する人が多いんだ。」
アブドゥッラーがそう教えてくれた。

道路の両側には赤い砂に囲まれて岩の崖が点在している。その異様な景観はまるで別の惑星に迷い込んだかのようで、正直後日訪れたヨルダンのワディラム砂漠よりも、このNEOM砂漠を走るだけで強い感動を覚えた。

売店に寄った後、やがて大通りを外れ、細い砂道に入っていく。家が近いのだろう。途中で突然、砂嵐に巻き込まれた。視界は真っ白になり、目の前がまったく見えない。どうにかしてたどり着いたその家は、舗装のない道を進んだ先にあった。両脇にはコンクリートブロックが並べられ、自分で道を作った様子がうかがえる。周囲は砂漠と岩山に囲まれ、境界がどこからどこまでなのかもわからない。ただ電線はつながっており、電気は使えるらしい。彼自身も、この家に戻るのは1か月ぶりだという。

敷地は広く、複数の建物で構成されていた。ゲートを抜けると中庭があり、砂地にオリーブの木が植えられており、人が歩く部分にはタイルが敷き詰められていた。足元には、この地域の砂漠でよく見られるフンコロガシが小さく動いていた。

最初に客間に案内された。その綺麗さと広さに驚く。メッカのカーバ神殿柄のテーブルが部屋の中央に5-6個あり、壁沿いに設置されたソファが部屋を一周している。小さめのシャンデリアが複数あり、冷房もしっかり聞いている。友人や親戚を呼んで数十人でパーティーもすることがあるという。

隣の建物には祖母と叔母が暮らしていた。アブドゥッラーがノックすると、祖母が玄関先に姿を見せる。サウジに多い目出しタイプのニカブではなくアバヤをまとい、顔もよく見える。80代ほどだろうか。僕らが挨拶をすると、皺の刻まれた手で何度も握ってくれた。その温かさに胸が熱くなる。家族同士でアラビア語を交わす姿を眺めながら、この地での暮らしに思いを巡らせた。

最寄りの売店までは車で30分ほどだ。生活は決して便利とは言えないだろうが、必要なものはそこから調達できるのだろう。家の外には、幼い頃に使ったと思われるシーソーやブランコなど、古びた手作りの遊具が並んでいた。子ども時代の記憶が砂漠の中に今も刻まれているようだった。

近くにある遺跡に案内してあげると、連れて行ってくれた。遺跡が近くにあるのは昔から聞いていたとのことだが、アブドゥッラー自身も訪れるのは初めてだという。舗装されていないガタガタの道を進む。何の標識もなく、訪れる人はほとんどいないのだろう。見上げるような高さの崖の前に、石づくりの家がいくつか見えてきた。屋根はなく、壁やドア・窓の跡だけが残っている。一本の大木の下に車を停めた。強い日差しが降り注ぐ。

近くに遺跡があるから案内してあげる――アブドゥッラーはそう言って、車を走らせてくれた。彼自身も訪れるのは初めてだという。舗装のないガタガタ道を進む。標識も何もなく、訪れる人はほとんどいないのだろう。やがて、見上げるほどの崖の麓に石造りの家々が現れた。屋根は失われ、壁や窓、ドアの跡だけが残っている。一本の大木の下に車を停めると、容赦ない日差しが照りつけていた。

家の中を覗くと、石が積まれており部屋の構造がうかがえる。崖は途中で割れており、「昔はここに滝が流れていたと祖母から聞いたことがある」と彼は語った。

遺跡は800年以上前の村だとされているが、誰が暮らしていたのかは不明らしい。かつてはサウジアラビアとヨルダンの間の陸上税関だったという説もあるという。今は保護もされず荒れたままだが、NEOM開発に伴って国の管理下に置かれる予定で、将来は世界遺産を目指すのかもしれない。広大な砂漠が広がるこの国には、このように眠ったままの遺構がまだ数多く存在するのだろう。

再び車を走らせる。1時間ほど進み下り坂に入ると、視界の先に海が広がった。紅海だ。
「ハクルは俺のお気に入りの町なんだ。タブークみたいに賑やかじゃないけど、静かでいい」

彼はそう言いながら、断崖の上まで連れて行ってくれた。眼下には透明度の高い海が広がり、濃淡の青が重なってサンゴ礁の存在を感じさせる。世界有数のダイビングスポットらしい美しさだった。
はるか向こうにはエジプトの大地が見えていた。後日訪れることになる場所が、すでに視界に入っているのだ。他に人影もなく、静謐な光景が広がっていた。

その後、公共の海水浴場の駐車場に向かった。ここで、国境越えが可能な認可を持つ車に乗り換える手はずになっていた。ビーチは水遊びを楽しむ家族連れで賑わい、女性たちは全身服を着たまま海に入っていた。ここから国境越えの料金は1人100リアルらしく、合計300リアルを新しいドライバーに渡していた。

そのとき、はっとした。僕らがアブドゥッラーに支払ったのは500リアルだ。彼の手元に残るのはわずか200リアル。そこからガソリン代や飲食代を引けば、ほとんど残らない。もしかすると彼は、あえて安値を提示し、群がるドライバーから僕らを救い出してくれたのかもしれない。そう思うと胸が熱くなった。

乗り換えた車はそのまま国境へ。アブドゥッラーも同行すると言う。
「俺はアカバまで連れていくって言ったからな。最後まで行くよ。それに、アカバでやりたいこともあるんだ」

彼の「やりたいこと」とは、酒を飲むことだった。サウジアラビアでは当然ながら飲酒は禁止されているため、ヨルダンに渡る時こそチャンスなのだという。彼は伝統衣装も着ておらず、「親にバレたら怒られる」と笑いながら打ち明けていた。信仰や生活のスタイルは人によって多様なのだと改めて感じた。

ハクルからアカバまでは目と鼻の先。30分もかからず国境に到着した。車を降りて建物に入り、パスポートチェックと荷物検査を済ませると、あっけないほど簡単に出国できた。ヨルダン入国も同様で、自動的にアライバルビザが発行された。

最後に、国境の両替所で残っていたサウジアラビアの現金全て、200リアル余りをアブドゥッラーに手渡した。これまでの旅路を振り返ると、これでも全然足りないくらいだった。

「本当に?本当に?ありがとう。本当にありがとう…」
彼は目を潤ませるほど喜んでいた。

国境を越えると、景色は一変する。アカバの街並みは欧米風に整えられ、人や車で賑わっていた。これまでのサウジアラビアとは対照的に開放的な雰囲気だ。ヒジャブをしていない女性の姿も多く見られ、国が変わったことを実感した。彼はそのままホテルまで送り届けてくれた。こうして、計7時間に及ぶ長い旅路の末、僕らはヨルダンに到着したのだった。

アカバのホテル

旅のメモ②
サウジアラビア・ヨルダン間のバスではないが、なんとヨルダンを貫通してさらに北のシリアまで国際バスが走っていることが確認できた。リヤドとシリアのアレッポを結ぶSAPTCOバスが週1回運行しており、料金は約8,000円、所要時間は28時間40分。ヨルダンで途中下車が可能かは不明。SAPTCOはイエメン、バーレーン、UAE、カタール、オマーンなど中東各国への国際路線も持っている。

サウジアラビア・ヨルダン間の国境については、今回利用したハクル=アカバ国境のほか、アル・ハディダ国境からも越境可能。ただし徒歩通行は不可で、必ず車両での移動が必要。リヤドからアル・ハディダまでは南北鉄道(NSR)がすでに開通しており、将来的にはヨルダン、シリア・ダマスカスまで鉄道で接続する構想もある。完成した暁には、鉄道で国境を越える旅をぜひ体験してみたい。

振り返ると、陸路での国境越えはおすすめできない。
拠点となるタブーク自体に観光的な見どころは少なく、今回は幸運にも心優しいアブドゥッラーに助けられたから無事に越えられたが、アラビア語しか話せないドライバーだったなら難航しただろう。実際、ヨルダンで出会ったサウジアラビア人や、タブークで出会った中国人家族も口を揃えていたが、最も容易なのはレンタカーでの越境かもしれない。アルウラからワディラムまで車で約7時間、ガソリンは安く、国境越えの認可車両も借りられるという。サウジアラビアからペトラ遺跡や砂漠を駆け抜ける旅も、選択肢としては魅力的だ。

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