ヨルダンのアカバからエジプトのターバへ フェリー国境越え【アラブ・紅海陸路越境旅2025】vol.7

旅の記録

ヨルダンからエジプトにフェリーで国境を越える場合、もっとも有名なのはアカバからヌエバへ向かう夜行フェリーだ。
所要約3時間で到着するが、出発は22時、到着は深夜1時。ヌエバからダハブまではタクシーでさらに1時間かかり、外で朝を待つか、深夜チェックイン可能な宿を探すことになる。いわば、バックパッカー御用達のなかなかハードなルートである。

しかし実は、もう一つの選択肢がある。
それはアカバからエジプトのターバへ向かう昼間のフェリーだ。この航路については日本語の情報が非常に少ないため、ここに記しておきたい。

アカバ→ターバ行きのフェリー

このフェリーは火曜・木曜・金曜の週3回運航されており、所要時間はわずか40分。
料金は一人70ドル。運行会社はAB Maritimeで、公式サイトから事前予約が可能だ。

出発は近年、アカバ南部のリゾートエリア、Tala Bayの港からが主流となっている。Google Maps上ではアカバ市街地の港が表示されるが、実際の出発地点は異なるため注意したい。念のため、予約時にメールで発着場所を確認しておくと安心だ。

出発の1時間半前に集合するように案内があったため、アカバ中心部からタクシーで約20分かけてTala bay港へ向かった。朝8時半に到着すると、まだ欧米人旅行者が数名いるだけ。出発1時間前を過ぎた頃から地元民が集まり始めたため、実際には1時間前の到着で十分なのだろう。

出国税として10ディナールを支払い、乗船。座席指定はなく、各自好きな席に座る。船内にはトイレと売店があり、コーヒーやチャイ、スナック菓子などを購入できる。

出航までの時間、乗客たちは甲板に出てタバコを吸いながら海を眺めていた。僕も甲板に出てみると、アカバのカラフルなリゾートホテル街が一望できた。

アカバのTala Bay

まもなく船は動き出し、紅海を渡る潮風が頬に当たる。どんどん港を離れ、ヨルダンが見えなくなると同時に、対岸のターバが見ててきた。透き通る海と断崖の続く荒涼とした海岸線が印象的だ。たった40分の船旅だった。

入国審査はスムーズだった。通常、エジプト入国時にはアライバルビザ代25ドルが必要だが、南シナイ地域(ターバ、ヌエバ、ダハブ、シャルムエルシェイク)のみを観光する場合は、観光振興を目的とした特例制度によりビザ不要となる。

ターバ

入国審査官に「South Sinai?」と聞かれ、Yesと答えると、スタンプのみで入国完了。荷物検査も簡易的で、10分ほどで通過できた。入国は驚くほどあっけなかった。

ただ、日本の外務省の海外安全情報では、ダハブとシャルムエルシェイクがレベル1(注意喚起)、一方でターバとヌエバはレベル3(渡航中止勧告)に指定されている。
理由として「シナイ半島の反政府勢力によるテロの発生」が挙げられているが、実際には事件は全てシナイ内陸の砂漠地帯で発生しており、紅海沿岸のリゾート地とは距離がある。

外務省の海外安全情報

ターバで最後にテロが発生したのは2014年と、すでに10年以上前の話だ。

ちなみに日本語では「ターバ」もしくは「タバ」と表記するのだが、ホームページでは「ダバ」と誤記されている。さらに半島全体をオレンジ色に塗って一括で危険地域としているのを見ると、あまりこの地域の調査もされていないのだろう。

他国の情報を見ても、イギリス政府のトラベルアドバイスでは南シナイをより細かく区分しており、ターバは緑色(通常の注意レベル)に分類されている。この評価が最も実際の治安を反映していると感じた。

僕らはこの日はダハブへ向かわず、ターバに一泊する予定だった。ところが、港を出てもタクシーが一台も見当たらない。他の旅行者は事前にホテル送迎を手配しており、専用バスが待機していた。

慌ててホテルに連絡し迎えをお願いしたものの、結局その場にいた人たちに送迎を頼み込み、約15〜20分の距離を30ドルで向かうことになった。
ホテルのオーナー曰く、「この地域は観光客が少なく、タクシー需要が低いため、それくらいが相場」とのことだった。

したがって、ターバ行きのフェリーを利用する人は必ずホテル送迎を予約しておくことを強くおすすめする。

タクシードライバーはフレンドリーで、「ダハブの方が栄えてるぞ。なぜターバなんかに?」と笑っていた。移動続きの旅に疲れていたため、人の少ないビーチで静かに過ごしたかったのだ。

ビーチに沿って広がる廃墟ホテル

しかしターバの海沿いを走っていると、すぐに異変に気づく。
ビーチには見渡す限りの廃墟ホテルが広がっていた。建設途中で木材が散乱したまま放置された建物、営業していた形跡を残したまま朽ちた建物──ざっと見ても200件はありそうだった。
営業しているホテルを探す方が難しいほどだ。いったいこの町に何が起きたのか。
昔はテロが頻発していたのだろうか。
次第に、この町に泊まることに不安と恐怖を感じ始めていた。

ところが、宿泊予定のホテルに到着すると、驚くことにそこだけは人で賑わっていた。
エントランスを抜けると、まっすぐにプライベートビーチが広がり、目の前にはまばゆいほど青い海が広がっている。
宿泊客の多くは隣国イスラエルからの観光客で、陸路で訪れている人も多く、犬連れの姿もよく見かけた。

宿泊客は、ビーチに面したコンクリート造りの小屋に泊まる。シナイ地方の伝統的な建築様式で、内部にはベッドとシャワーがあり、ドアを開ければすぐ目の前に海がある。

部屋の中まで波の音が響き、ただ海を眺めながら過ごす時間が流れる。ターバは観光客が少ないため、紅海を独り占めしているような穏やかな雰囲気が漂っていた。喧騒を離れ、旅の合間に体を休めるにはまさにうってつけの場所だった。

部屋からの景色

町には観光名所らしいものはほとんどないが、ホテルから徒歩圏内に「Castle Zaman(キャッスル・ザマン)」という古城レストランがある。
事前にホームページから、地元の伝統料理コースを予約しておいた。

Castle Zaman

レストランは海を見下ろす断崖の上に建ち、外観はまるで石造りの要塞のようだった。
階段を上ると中はバーのような空間で、外にはプールがあり、プール越しに紅海を望むカウンター席で食事を楽しめる。プールサイドには、なんとサウナもついていた。

ここで食べたエジプト料理は旅の中で一番美味しかった。
モロヘイヤスープやチキン、ライスの味も格別で、太陽の光と海風の中で味わうそれは忘れがたい体験となった。
かつては宿泊もできたが、今はレストランのみの営業だという。

「日本人は初めて見たよ。嬉しい。ぜひ日本人にもここを広めてほしい。」
オーナーは笑顔でそう話してくれた。

サウナ

夜は宿の食事をいただいた。この町で夜に開いているレストランを探すのは困難だったからだ。
サウジアラビアやヨルダンから来ると、エジプトの物価の安さに驚かされる。ビールは1本200円と、これまでの旅を振り返ると信じられないほど安かった。
移動続きの旅だったが、久しぶりにこの海沿いの町で心から落ち着くことができた。

エジプトのステラビール。さっぱりとしたラガー。

さて、宿のオーナーに、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「なぜこの町には、こんなに廃墟ホテルが多いのですか?やはりテロのせいでしょうか?」

テロだけじゃないんだよ」と、オーナーは静かに言ったあと、少し間を置いて続けた。

廃墟

「ここは90年代から2000年代初めにかけて、一気にリゾート開発が進んだ。でも、需要を見誤って資金が尽きたところが多かった。2004年のアルカイダによるホテル爆破事件、2011年のアラブの春、そしてコロナ禍……そのたびに観光客が消え、ターバ国際空港も閉業に追い込まれた。今は少しずつ戻ってきているけど、全盛期の賑わいには程遠いね。」

オーナーの言葉を聞きながら、ターバの海沿いに並ぶコンクリートの骨組みを思い浮かべた。それは「テロの爪痕」ではなく、観光客頼みの経済と外資依存の開発モデルが抱えていた、構造的な脆さそのものを映し出している。

廃墟

1980年代、イスラエルからシナイが返還された後、ターバは国策として観光開発の対象になった。
1990年代には外資系ホテルが次々と進出し、海岸線は一面のリゾート群に変わった。

だがその裏で、この土地で漁や観光を営んできた遊牧民であるベドウィンは、計画から排除され、土地の権利も職も奪われた。かつてはベドウィンがこのビーチにテントを張り、1泊数百円でバックパッカーを泊めていたという。

廃墟

しかし彼らの営んできた素朴なビーチキャンプは、無許可営業とみなされて撤去され、外資の高級ホテルに置き換えられた。それは「地域の人々が築いてきた風景」を消し去る行為でもあった。

皮肉なことに、世界中の旅人が求めていたのは、まさにベドウィンのもてなしと、自然と共にあるその暮らしだった。地元の人を欠いた開発は、この地を生きた風景ではなく、空洞の景観に変えてしまった。
そして今、その建物たちは海風に晒されながら、「土地の人を置き去りにした開発は持続しない」という、静かな教訓を語りかけているようだった。

ベドウィンの築いた、静寂の中で自然と共に息づく暮らしの美しさこそが、この地が本来持っていた最大の魅力であり、もしかすると、それこそがこの土地が再び息を吹き返すための鍵なのかもしれない。

ターバのビーチから見るサウジアラビア

ヤシの葉のパラソルの下、紅海の向こうに浮かぶサウジアラビアの灯を眺めながら、
私はその失われた風景を想像していた。

※旅のメモ③
ヌエバへ行けば、バスターミナル前からダハブやシャルムエルシェイク行きの長距離バスが出ている。
ただし、運行は1日1本ほどと少なく、時刻も安定していないようだった。
そのため、やはり宿泊先にあらかじめ送迎を依頼しておくのが安心だろう。

ヌエバとダハブの間の検問

翌日、ターバからダハブへタクシーで向かったが、道中で3度の検問を受けた。身分確認が行われ、現在も一定の警戒体制が続いていることを実感した。とはいえ、兵士たちは皆穏やかで、観光客に対して威圧的な雰囲気はなかった。

ベドウィン ヨルダンのワディラム砂漠で
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