パキスタンの幻の密造酒 フンザ・ウォーター【カラコルムハイウェイ】vol.5

旅の記録

日が沈んだので、約束通りアルティット村の昼間の家に戻ってくると、今度は家の中に案内してくれた。 

部屋に入ると、大家族が食卓を囲めるくらいの広さがあった。地面に絨毯が敷かれ、壁沿いのクッションに寄りかかって座る、伝統的な中東の住宅のスタイルだ。 
移動式の炉が部屋の中央に置いてあり、薪を焚べて着火し、部屋を暖めてくれていた。 

後で気づいたのだが、部屋の中には男性しかおらず、広場にたくさんいたはずの女性や子どもの姿はなかった。 イスラム教では、未婚の男女同士が家に同居することはない。人が集まる時や客を招くときも、男女で完全に空間が分けられているようだった。

部屋で炉に薪を入れてくれている

しばらくすると、料理が運び込まれてきた。男性たちはずっと一緒に座っていたので、おそらく女性たちがキッチンで作ってくれていたんだろう。「男は仕事、女は家庭」の風習がまだ根強く残っているようだった。 

メニューはビリヤニと、この日の昼食でも食べたチキンカレー、そしてカレーに付けて食べるチャパティー。定番と言えるパキスタン料理だ。 皆に倣って、右手でカレーにつけて口に運ぶ。
カレーの味は安定で美味しい。ただ自分のお腹の調子がおかしいことに気づいた。
パキスタンカレーをよく見ると、目に見えるほど大量の油が浮いていた。パキスタンのカレーはかなりの油を使うらしい。そのせいで完全に胃もたれを起こしていた。

昼にカレーを食べた時は毎日食べられる味だと思ったが、この先毎日このカレーを食べないといけないのかと思うと、先が思いやられる。 

夕食の間は、ウッラーという30代の青年が話し相手になってくれた。彼はシェフとして、パキスタンのラホールのレストランで修行を積み、首都イスラマバードのマリオットホテルで勤めた後、サウジアラビアに出稼ぎに行っていた。現在はモルディブ(のマーフシ島)のホテルで料理長として働いているという。だから家族の中で1番英語が堪能であった。今は1ヶ月の休暇中で、フンザに帰省しているとのことだった。

このパキスタンの辺境の村アルティットで、モルディブのホテルの料理長に出会うとは驚いた。当然ながらパキスタン料理だけでなく、フレンチや中華など何でも作れるらしく、相当腕が良いに違いない。間違いなく家族一の稼ぎ頭だろう。モルディブでお金を稼いでパキスタンに帰ると、物が安いからいくらでも金を使える、と話していた。

食事を進めていると、ウッラーが、 「ウォーターいるか?フンザ・ウォーターさ」「スペシャルドリンクだよ」 と、やや白濁した液体が入ったコカ・コーラのボトルを持ってきた。 

これは絶対水ではない、おそらく酒だ。直感的にそう思った。
以前他の国で、コーラ色でないコカ・コーラのボトルを何回か見たことがあったからだ。

なぜ毎回コカ・コーラのボトルなのかはわからないが、ウズベキスタンでは、お店でボトルにビールが入れられて売られていた。ジョージアでは、知らずに買った透明なボトルが、チャチャという地域特産のウォッカだったことがあった。

ウズベキスタンのビール 明らかに泡立っている
ジョージアのチャチャ あまりにも喉を強く刺激するコーラだった

 「そのウォーターはアルコールか?」と聞いたところ、笑いながら声を顰めて、「イエス、イエス」と返ってきた。 

酒好きの僕らは皆大興奮だった。パキスタンで飲むことを諦めていた酒に、ここで巡り会えるとは。 しかも、イスラム教国家で外国人が酒を飲むことはあっても、この家族は皆、飲酒が御法度なイスラム教徒のはずだ。驚きと疑問で頭がいっぱいになっていたが、得体の知れない酒への好奇心がそれを凌駕していた。

一人一人のコップにフンザ・ウォーターが注がれていく。水で割ると、液体はさらに白く濁った。

フンザ・ウォーター

原料は桑の実とデーツ(ナツメヤシ)とのことだったが、この水を足すと白く濁る酒は、中東周辺で広く飲まれている蒸留酒アラクの特徴そのものであり、おそらくその同類の酒と思われた。アラクとは、アラビア語で「酒に少々の水を加えたもの」を意味する。アラクは、トルコではラク、ギリシャではウゾと呼ばれるなど、その地域によって名前を変える。その本場はイラクと言われている。

乾杯して飲んでみると、喉を刺激するアルコールの強さはあるものの、少し果実由来の甘さも感じられて、他のアラクよりは飲みやすいものだった。

飲み残していると、それを見かねたウッラーから、ジェスチャーで「イッキ飲み」を促された。
おいおい嘘だろ。ムスリムにイッキを強要されるとは。もう笑いが止まらなかった。

ありがたく頂戴し、一気に喉に流し込む。
移動続きで疲労した体に「ウォーター」は染みわたり、ゆっくりと全身を温めていく。フンザ地方の豊かな自然を感じさせる独特の風味は、異国の地へ足を踏み入れる旅の幕開けを予感させるようだった。

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