フンザ・ウォーターを飲み干した後、ずっと気になっていたことをウッラーに聞いてみた。このフンザ地方でなぜ酒が飲まれるのか、またイスラム教徒であるにも関わらずなぜ酒を許容しているのか。
その問いに対して、ウッラーは冗談混じりに
「俺たちはまだ若いから、アッラーは見逃してくれるさ」
と笑いながら答え、その場の空気が和やかに笑いに包まれた。
その後の会話で、この地域で信仰されているイスラム教のイスマーイール派について詳しく教えてくれた。驚いたことに、イスマーイール派の創始者であるイスマーイールは酒好きだったという。意外な理由ではあったが、この宗派では酒が完全に禁じられているわけではなく、ある程度許容されているようだった。
イスマーイール派はシーア派の一分派であり、他のイスラム教の宗派と比較して戒律が緩やかだ。例えば、この地域ではアザーン(礼拝の呼びかけ)が流れることはなく、女性もベールなしで外出することが許されている。礼拝もモスクではなく、専用の集会所で個人的に行われるのが一般的だという。
また、現在のイスマーイール派の指導者が率いるアガハーン財団は、この地域での農業、医療、教育、公共事業の支援に力を注いでおり、その取り組みは地元住民から感謝と支持を集めている。「アガハーン財団のおかげで、この地域の識字率はパキスタン国内で最も高いんだ」とウッラーは誇らしげに語った。母親の学歴が高いと、乳幼児死亡率が低下することがわかっているが、アガハーン財団が女性教育を通してフンザの健康状態の改善に寄与しているのは間違いないだろう。

家の広間には、イスマーイール派の指導者が描かれた額縁が飾られていた。91歳になるウッラーの祖父がちょうどその額縁に向かって頭を下げ、小声で唱えながら礼拝している姿が印象的だった。横で薪がパチパチと燃える音に、祈りの声がかき消される。談笑していた若者と僕たちは、それを静かに見守っていた。フンザ帽と呼ばれる、伝統的なウール製の丸い帽子を被るその姿は、彼の敬虔さと郷土愛の深さを象徴しているかのようだった。
さらにフンザ地方の生活について聞いてみると、この地域では主に全粒穀物やとうもろこし、桑、アプリコットなどの果物を中心に自給自足の農業が行われていることがわかった。山がちな地形のため、動物を放牧する土地は限られており、冬の寒さで牧草も育たない。その結果、穀物や果物の栽培が中心となっており、タンパク質は主に豆類から摂取してきたという。村には肉屋もなかったそうだ。また、農作業や山仕事で一日の運動量が多く、新鮮な空気や水にも恵まれている。
こうした自然環境と助け合いの文化が根付いたフンザの生活は、健康的なライフスタイルとして理想のものであった。
この地域の健康習慣は、世界的にも注目されている五大長寿地域ブルーゾーンと多くの共通点を持つ。例えば、適度な運動、植物性食品の摂取、信仰心、そして人とのつながりがその特徴だ。フンザ地方もこれらをすべて満たしており、その結果、フンザは世界有数の長寿の里として名を馳せている。この家のお爺さんだけでなく、村には100歳を超える人も珍しくないという。村内に医療機関が存在しないにも関わらず、この地の住民たちは驚くほどの健康長寿を維持していた。

しかしウッラーは、「近年は状況が少しずつ変わってきている」と語る。
中国によるカラコルムハイウェイの整備により、外部から農作物や加工食品が入手できるようになり、観光客が訪れることができるようになったため、自給自足の生活を辞める人が増えてきている。また異なる食文化の流入により、野菜や果物の摂取量が減り、油の多い料理が主流になりつつあるという。こうした都市化による生活の変化により、生活習慣病の増加が懸念されているのだ。
会話中、部屋の明かりは何度も消え、その度に繰り返し非常電源が稼働していた。依然としてこの地域のインフラ整備が未熟であることを物語っていた。
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