フンザ・ウォーターを飲み干した後、ずっと気になっていたことをウッラーに聞いてみた。
なぜこのフンザ地方に酒があるのか、なぜイスラム教徒でも酒が飲めるのか。
すると、
「俺たちはまだ若いから、アッラーは見逃してくれるさ」
と冗談をかまし、その場にいた皆はひとしきり笑っていた。
その後の話で、フンザ地方で信仰されているのは、イスラム教のイスマーイール派という宗派なのだが、その創始者イスマーイールがかなりの酒好きだったことがわかった。
驚きの理由だったが、とにもかくにも、この地域では酒が許容されているようだった。
イスマーイール派はシーア派の分派であるが、他のイスラム教の宗派と比較すると少々変わっており、戒律はあまり厳しくない。アザーン(街に流れる礼拝の呼びかけ)がなかったり、女性はベールなしで外出が可能だったりする。礼拝は、モスクではなく集会所で個人的に行われている。
現在のイスマーイール派の指導者が運営するアガハーン財団は、農業や医療、教育、その他公共事業に尽力し、地元で支持を集めている。そのおかげで、この地域の識字率はパキスタン国内で最も高いという。
「アガハーンには皆感謝しているよ」と、ウッラーは話していた。
フンザ地方の農業で盛んなものは、全粒穀物やとうもろこし、そして桑やアプリコットなどの果物だ。また山がちな地形により、動物を放牧する土地の余裕がなかった。そのため、これらの穀物や野菜、果物を中心に栽培する自給自足の生活が送られていた。農作業や山仕事により、1日の運動量もかなりのものだった。
そしてこの自然溢れるフンザでは、新鮮な空気と水を享受できた。
さらに、お互い助け合って暮らす文化が元々根強い地域であった。
実は、フンザのこれらの要素は「健康に欠かせないライフスタイル」として、現代においても理想とされている習慣なのだ。
世界には、ブルーゾーンと呼ばれる5大長寿地域があった。イタリアのサルデーニャ島、アメリカのロマリンダ、コスタリカのニコジャ半島、ギリシャのイカリア島、そして日本の沖縄である。
これらの地域に共通することとして、「適度な運動を続ける」「植物性食品を食べる」「信仰心を持つ」「人とつながる」ことなどが挙げられている。
ここフンザにおいても、上記の全てが達成されていた。
その結果、フンザはブルーゾーンに匹敵する世界有数の長寿の里となっていた。
この家の主人のお爺さんは91歳。村には100歳を超えるものも数多くいたという。村の中に医療機関は存在しないにも関わらず、皆長生きだったのである。「健康に最も寄与するのはライフスタイルである」ことを実証する地域であった。
しかし長寿の里と言われていたフンザも、今は少しずつ状況が変わってきているようだった。
中国によりカラコルムハイウェイが完成してから、農作物が外部から入手できるようになった。そしてフンザに観光客が訪れることができるようになったため、人々の多くが自給自足の生活を辞め、農業ではなく観光業に従事するようになってしまった。
さらに交通の活性化に伴う異なる食文化の流入も相まって、野菜や果物の摂取量が減少し、パキスタンの他の地域と同様に油まみれのカレーが主食になるなど、徐々に食生活が変化してきているという。
途上国は今やどこも同じような健康課題に直面している。こうした都市化を背景に、先進国では見られなかったスピードで、生活習慣病の患者が増加しているのだ。
会話中、部屋の明かりは何度も消え、その度に繰り返し非常電源が稼働していた。依然としてこの地域のインフラ整備が未熟であることを物語っていた。
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