パキスタン滞在3日目の朝、ギルギットは澄み渡る快晴だった。朝一の首都イスラマバード行きの飛行機に乗るため、ギルギット空港に向かった。
これまでの2日間を共に過ごしたドライバーのアシュラフとは、ここで別れることになる。感謝を伝え、彼に別れを告げた。
空港の入り口で職員に、「今日の飛行機は飛ぶか?」と尋ねると、
「全てキャンセルだ。」
と返答があった。
冬季は欠航が多いと聞いていたが、実際にフライトがキャンセルされると、その絶望感は想像以上だった。
明日のフライトを予約することも考えたが、飛ぶ保証はない。
僕は、どれだけ時間がかかろうと、今日中に陸路でイスラマバードに戻る決断をした。
これで12時間の陸路移動が決まった。
暇そうに談笑する空港職員たちを横目に、行きの飛行機が無事に飛んだのは、ただの幸運に過ぎなかったのだと痛感した。
イスラマバードまで走ってくれる別のドライバーを見つけ、カラコルムハイウェイの南下を開始した。
しばらく走ると、標高8,126mのナンガパルバットが現れた。行きの飛行機からも見えたその雪山だが、今日は霧がかかり、その威容はぼんやりとしか見えない。
プロペラ機が欠航になったのも納得がいく光景だった。
ギルギット以南は、断崖絶壁が続く道が多く、景色も単調だ。ガードレールはほとんどなく、落石が散らばったままの道路を進む。もし走行中に落石に遭遇すれば、車ごと崖下に転落する危険がある。川まで落ちれば、遺体どころか遺留品さえ見つからないだろう。
道中、道路外に転落したトラックを見かけた。幸いにして谷底までは落ちず、道路脇の斜面で止まっていた。数日前に転落したと思われるそのトラックは、崖上からワイヤーで引き上げられ、数人がチェーンを引っ張っていたが、容易には戻せそうになかった。
それから1時間も経たないうちに、完全に転覆し潰れた車を目撃した。周囲には大きな落石が散乱しており、車の損傷は大きかったが、運転手は無事だったようだ。落石が道路を塞いでいたため、周辺の人々と協力して石を移動させた。
今回のドライバーは無口で、英語も苦手なようだったが、以前はデコトラのドライバーをしており、このイスラマバードとスストの間の道に慣れた様子で、カーブでも減速せずに進んでいく。
後部座席のシートベルトの1つが壊れていたことは、特に不安を増強させた。ドライバー自身もシートベルトを装着せず、走行中にピーピー警告音が鳴り響いたが、5分後には音が消えた。使い道のなさそうな知識をまた1つ得ることとなった。
パキスタンでは、トヨタやスズキといった日本車ばかり目にする。パキスタンが自動車新規参入を推進する方針に転換した2016年より前は、輸入車に対する関税が非常に高く、日本メーカーがパキスタン国内の工場で生産する車が市場を独占していたからだ。
順調にドライブを続けていたが、とうとう危惧していたことが起きる。見通しの悪いカーブに差し掛かった瞬間、反対車線から突然車がはみ出してきたのだ。瞬間的に「やばい」と思ったが、ドライバーが素早くハンドルを切り、何とか衝突を回避した。
ドライバーは「あいつはクレイジーだ」と呟きながらも、冷静に運転を続けていたが、僕は心底肝を冷やした。ほんの少しでも判断が遅れていたら、大事故になっていただろう。
カラコルムハイウェイでは、統計が取られているだけでも年間300人が交通事故で命を落としていると言われている。今日もまた誰かが命を落としているのかもしれない。