首都イスラマバードに到着した僕らは、パキスタン北部のフンザという街を目指していた。フンザは「風の谷のナウシカ」のモデルとされる場所で、雪を冠した山々に囲まれ、秋になると谷が黄金色に染まる。透明な川が谷を流れ、訪れる旅人はその穏やかな風景に心を奪われるという。それゆえ「桃源郷」と称されている。
イスラマバードからフンザに行くには2つの手段がある。一つは、ギルギットという街まで飛行機で移動し、そこから陸路で3時間北上する方法、もう一つはイスラマバードから陸路で直接向かう方法だ。後者の場合、タクシーを使っても15時間、最も安く済むバスでの移動となると24時間前後かかるとされている。

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この陸路で使われる道が「カラコルムハイウェイ」だ。このハイウェイは、中国のウイグル自治区にあるカシュガルと、パキスタンのイスラマバード郊外を結ぶ全長1,300kmの国際道路である。南アジアと中央アジアを繋いでおり、かつてシルクロードを目指す旅人が通った道とされている。
パキスタン北部にはヒマラヤ山脈、カラコルム山脈、ヒンドゥークシュ山脈という3つの世界最高峰の山脈が交わっており、断崖絶壁の道が続く。1982年に完成したカラコルムハイウェイの建設には多くの命が犠牲となり、「道路が1km建設されるごとに1人が命を落とした」とも言われているほどだった。
完成後も道路の整備は完璧ではなく、舗装はままならず、落石で壊れたガードレールがそのままになっている箇所も多い。そのため、一部の道路は「カラコルム・デスロード」と呼ばれ、死亡事故も頻発している。

こうしたリスクと長時間の移動を考慮すると、飛行機で行く方が断然良い。しかし、この空路にも問題があった。イスラマバードとギルギットを結ぶ航路はプロペラ機による有視界飛行のため、冬季は視界不良で欠航が頻発している。
最終的に、僕らはギルギット行きの往復チケットを予約し、飛行機が飛べばそれに乗り、欠航した場合は陸路で向かうことにした。
冬季でも比較的運航率が高いとされる朝一の便を予約し、もし飛ばなかった場合に備えて、フンザまで向かってくれるタクシードライバーも事前に手配しておいた。48時間にも及ぶ往復陸路の旅だけは避けたいと、切に願いながら床についた。
出発当日、明け方に空港近くの宿をチェックアウトした。その宿は長らく使われていなかったのか、ベッドに染みついたホコリの匂いが体にまとわりついていた。外の空気はひんやり冷たく、遠くで野犬が吠える音が響いている。この国が世界有数の狂犬病流行国だったことを思い出し、急いでタクシーに乗り込んだ。
空港に到着し、客が誰もいないカウンターへ直行。
「今日のフライトは飛ぶのか?」と尋ねると、スタッフは答えた。
「今日は飛ぶ予定よ」
その瞬間、友人とグータッチ。奇跡だ。同じパキスタン北部のスカルドゥ行きの飛行機は全て欠航となっていた。直近では1週間飛ばなかったこともあったと聞いていたため、喜びもひとしおだった。旅の滑り出しは順調だ。


離陸してまもなく、窓の外は一面の白銀の世界に変わった。
眼下には果てしなく続く山脈が広がり、次第にひときわ高くそびえる山が見えてくる。標高8,126mを誇るナンガ・パルバット、通称「キラーマウンテン」だ。雪崩やクレバスの多さから登山者を阻む難関の山として知られている。山頂の鋭い岩肌がくっきりと浮かび上がり、尾根は朝日を受けて眩しく輝いていた。時折吹き上がる雪煙が、山の厳しさを物語っている。
朝早くからの移動だったので眠るつもりだったが、その圧倒的な美しさの前ではとても眠ることなどできなかった。機長のアナウンス付きで山の目前を飛ぶこのフライトは、まるで特別な遊覧飛行のようだった。

やがて雪景色が徐々に消え、代わりに黄色く色づいたポプラが広がる集落が目に飛び込んできた。風に揺れる木々の間から見える家々が、この地の穏やかさをそっと伝えてくる。この先に広がるであろうさらなる絶景への期待が、胸の奥で静かに膨らんでいった。プロペラ機は小さな滑走路を目指し、ゆっくりと高度を下げていく。
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