柔らかな布団に包まれ、イスラマバードで静かな朝を迎えた。フンザより標高が低くなったため、気温は15℃と穏やかだ。冷涼な空気が心地よく、窓の外には整然とした都市の景観が広がる。
朝食を求めて、街へと足を運ぶ。大通りには車がひっきりなしに行き交い、衣料品店やスーパーマーケットが軒を連ねる。活気はあるが、どこか無機質な印象を受けた。
一本裏通りに入ってみると雰囲気は一変し、小さな飲食店が点在していた。看板もメニューもない質素な店が目に留まり、地元の空気を味わいたいという期待を胸に、その店へ足を踏み入れた。

店内は薄暗く、オープンな入り口から光が柔らかく差し込んでいた。厨房では店員が素手で調理をしており、パンが焼ける匂いが漂う。衛生管理の不安はあったが、それ以上にローカルな雰囲気を味わいたいという気持ちが勝った。定番のチャパティと卵焼き、そしてチャイを注文し、椅子に腰掛けて外の様子を眺める。
出勤前と思われる男たちが次々と店へ入ってきた。時折強い視線を感じるが、目が合うと皆笑顔を返してくれる。その小さな交流が、不思議と心を温めた。
食事を終え、会計をしていると、病院のスクラブを着た男が突然店員に声をかけてきた。
「計算が違うぞ、50ルピー返してやれ」
どうやら店員が単純に計算を間違えたらしい。彼の指摘のおかげで正しいお釣りを受け取ることができた。店員は申し訳なさそうにしながらも、男の言葉に素直に従う。思わぬ親切に驚きながらお礼を伝えると、彼は足早に店を後にした。きっと近くの病院へ向かったのだろう。
隣国インドでも、同じような親切に出会えるのだろうか。こうした些細な出来事の中に、パキスタンの穏やかな人柄が垣間見えた。

イスラマバードは治安が悪いという先入観を持たれがちだが、世界犯罪指数(2024年)では、シドニー、ベルリン、ロンドン、パリ、モスクワなど多くの欧米の大都市よりも安全とされている。スリや強盗は少なく、市内でのテロもここ数年は報告されていない。最近は日本企業の進出も増え、KUMONがイスラマバードとラホールに支店を開設したことがニュースになっていた。
この街は、1960年代に計画的に開発された人工都市であり、「Islam(イスラム)」と「abad(居住地)」を組み合わせた名を持つ。元々パキスタンの首都は南部のカラチにあったが、当時の首都カラチは人口増加やインフラの整備が追いつかず、近代的な首都を作るために建設された。都市計画のもと、碁盤の目のように整然とした道路が整備され、広々とした車道が広がっている。

環境面では、公園や緑地が豊富に配置され、植栽も多く見られる。市内へのトゥクトゥクの乗り入れは禁止されており、他のパキスタンの都市に比べると排気ガスや騒音が少ない。こうした都市の設計は、大気汚染の抑制やヒートアイランド対策、そして住民の精神的健康に良い影響を与えていると考えられる。
しかし、もう一つの側面として、圧倒的な車社会が挙げられる。碁盤の目状の道路はスムーズな交通を可能にしているが、歩行者にとっては移動が不便になりがちだ。Google Mapsでは短く見える距離も、実際に歩くと30分以上かかることも珍しくない。歩道は整備されているものの、移動距離が長いため徒歩は敬遠されがちで、結果として運動不足を招きやすい構造になっている。
市内の主要スポットを結ぶメトロバスが運行されているが、路線が限られているため、観光にはタクシーが便利だ。ここでは、中東発の配車アプリ「Careem」が普及しており、数分で車を手配できる。

また、欧米化した食生活の影響も顕著になりつつある。街中では、ファストフード店に行列を作っているのを見ることができる。こうした店舗の進出により、伝統的な食文化に加えて、脂質・糖質の多い食事を摂る機会が増えている。こうした食の変化と運動不足の組み合わせは、生活習慣病のリスクを高めていると言えるだろう。

最初に観光で訪れたのは、イスラマバードの象徴的な建築であるファイサルモスク。サウジアラビア国王ファイサルの資金提供により、トルコ人建築家が設計し、1986年に完成した。人工都市であるイスラマバードには歴史的な建造物はほとんど存在しないため、最も有名な観光地となっている。三角形の屋根と空に突き刺すような4本のミナレットが特徴的で、従来のドーム型のモスクとは異なる斬新なデザインである。当初は批判も多かったというが、現在では都市のランドマークとして親しまれている。

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