フンザとは、正確には谷があるこの地域一帯の総称であり、中心となる町はカリマバードと呼ばれる。宿に荷物を置き、早速町を散策してみることにした。
カリマバードは標高2,500mの高地に位置している。澄み切った空気の中、頬を撫でる冷たい風が心地よい。正面には雪山の稜線が太陽の光を受けて美しく輝き、思わず足を止めて見入ってしまうほどだ。坂道を歩くだけで自然と息が上がるが、高地に体を慣らすため、深呼吸しながらゆっくり歩みを進めた。崖側の眺めは、山肌一面に黄金色のポプラが広がり、その美しさに言葉を失う。

メインストリートは石畳で、車1台が通れるほどの幅の道沿いには、小さなバザールが並んでいる。この地域特産のドライアプリコットが袋詰めされ、店頭に山積みになっていた。他の茶色のドライフルーツたちの中で、鮮やかなオレンジ色のドライアプリコットは目立っていた。道端にはカレーズと呼ばれる用水路が流れ、氷河からの雪解け水で土が混じっているため、水は褐色に濁っている。地元の人々はこの水を飲用にも使っており、農業を支える命の水でもあるとのことだった。そのせせらぎの音が静かな町に穏やかに響き、自然と心が落ち着いてくる。


町の人影は少なく、閉まっている店も目立った。夏には観光客が多く訪れるこの町だが、今は閑散期だという。
昼食にはパクチーの効いたチキンカレーを食べた。辛さは控えめで、チャパティを付けて食べると、その味わいがさらに引き立つ。これなら毎日でも食べられそうだ。

さて、予定ではこの日の午後に、中国から陸路で国境を越えてやって来る友人と合流することになっていた。
カラコルムハイウェイは、フンザからさらに北に伸びており、中国のウイグル自治区カシュガルへ繋がっている。陸路で中国とパキスタンを結ぶのは、この1本の道だけだ。

途中にあるクンジュラブ峠は、「世界一標高が高い国境」として知られている。その高さは4,693m。カリマバードよりもさらに2,000mも高く、その標高差をカラコルムハイウェイは3-4時間で運んでしまうため、高山病になるリスクも高まる。この道を、シルクロードの時代から人が歩いて通っていたというから驚きだ。
峠はコロナ禍で長く閉鎖されていたが、2023年3月に久しぶりにオープンし、11月まで国境を開けるとの発表があった。しかし例年は冬になると雪で閉ざされ、道路が凍結するため10月で通行止めとなる。積雪や道路状況によってはいつ閉鎖されてもおかしくない。
さらに、ウイグル自治区は近年、監視体制が強化されており、旅行にはビザに加えて辺境旅行許可証の取得が必要だ。2023年の反スパイ法の改正後は外国人が拘束されるケースも増えている。そのため、彼がフンザまで無事に来られるかどうかは、まさに多くの試練を乗り越える必要があった。

午後、約束の時間になり、散策を終えて宿に戻ると、ホテルのスタッフに声をかけられた。
「君たちの友人が上で待ってるよ」と。
ここ数日、フンザでは電波状況が悪く、連絡もほとんど取れない状態だったので、本当に彼が来ているとは半信半疑だった。
急いでホテルの屋上に駆け上がる。
彼は本当に来ていた。このフンザに。
フンザの雄大な景色を背に、中国から持参したタバコをふかしていた。


「よくここまで来れたな」と言うと、彼はタバコ片手に「パキスタン人に助けてもらって、どうにか辿り着けたわ」と笑っていた。
辺境の地での久しぶりの再会に喜びを分かち合いながら、ふと周りを見渡すと、快晴の空に雪山が輝き、黄色に染まった木々が雪山の白さと鮮やかなコントラストを生み出している。一幅の絵画のような景色を前に、疲れが静かに消えていくようだった。
「こんな景色を前に記念に一杯やれたら最高だな」と思ったが、イスラム教が広く信仰されているこの国では酒を販売している店はない。かつては中国のビールが流通していたようだが、近年では規制が厳しくなり、その姿もほとんど見られなくなった。それだけが少し心残りだった。
彼の旅の話は夜の楽しみにとっておき、まずは次の目的地、隣町のアルティット村に向かうことにした。

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